mono-hatake’s diary

NEWSに出逢えてよかった

あの騒動は、私にとって、意味がありました

 あの文学賞の話です。しつこくて、申し訳ない。やはり考えてしまうのですよ。

 

 先日、投票結果が発表されました。

 

 3月3日の午後が雨で仕事が出来なかったこともあって、約3時間、まるまる、Ustreamの配信を見ていました。

 結果が気になったというよりも、関わった以上放置する訳にはいかない、どちらかというと義務に近い感情でした。

 耳の痛い話が出るかもしれない。でも、ちゃんと聞かないといけないよね。それくらいしか、出来ることはないのだから。

 

 以前書きましたが、子どもの本についての勉強は、ほんの少しだけかじったことがあります。絵本~児童書は、赤木かん子さん、ヤングアダルト小説は金原瑞人さんの書評を主に参考にしていました。

 その中で豊崎由美さんの書評もいくつか読みました。毒舌とは思わなかったけれど、なんかおもいっきりぶった切る人だなぁ、ちょっとこわいなぁ(納得する内容ならば、痛快)という印象でした。

 

 今回、Twitterのやりとりを見させて頂いたり、Ustreamを見たりして、私の第一印象間違ってなかったんだ、と思いました

 

 海外編から始まった発表を見ながら、「なんでこんな苦味を感じながら、見なきゃならないんだろう。普通に知っていたら、楽しめたのに。」と思いました。面白かったんですよね。今の海外文学について、知識がほとんどなかったので、新鮮でした。知っている作家ジョン・アーヴィングしかいなかった💦 (それも何で知ったか というと、爆笑問題の番組で太田さんが紹介したから。どこまでもミーハーな自分です…)

 

 国内編は、あんまり感情を動かさないようにしながら、見ていました。冷静でいなければって。

 結果は、ご存知の通りで、動画を見られた方も多いと思います。

 プロの書評家の皆さんの生の声が聞けてよかったです。個人的には、「ビジネス小説として成立している」(ニュアンスです)と言われたのは嬉しかったです。そういう部分がしっかりしているから、どんな展開になっても嘘っぽくならない。作者が頭の中で動かしているのではなく、ちゃんと物語の中の現実が動いているように感じます。

 

 

 考えられる、一番いい形で終われたのだ、と思います。そこは、運営の皆さまに感謝しています。そして不快な思いをさせた方に、申し訳なかったと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 で、これから、どうする?

 

 という、自分自身の結論は、あのときは、つけられませんでした。

 

 もう、関わらないという人、ちゃんと本を読んで来年は投票しようとする人、…いろいろだと思います。人それぞれでいいのです。

 

 そこが、自分自身、はっきりできませんでした。今、それを決める必要性はないかもしれませんが、まあ、ずっとぼんやり考えていたのです。

 

 で、あるとき、もしも何のトラブルもなく、今回の結果発表があったら…、という仮定を考えてみました。

 

 

 怖くなりました。

 

 

 「チュベローズで待ってる」が一位で、喜んで終わっているんじゃなかろうか。いろんなことに気がつきもしないで。一位がすごいとしか思わず、他の作品を下に見てしまうかもしれない。怖い。本当に、そうなっていたら、怖い。

 

 いろんな人が、つらい思いをした騒動でしたが、少なくとも私にとっては、意味がありました。ようやく、この数日で気がつきました。

 

 

 でもね…。

 

 そういう、謙虚な気持ちになっても、なんだかなぁ、という部分が否めず。

 ご存知の方も多いと思いますが、他にもトラブルになった作品がありまして。それを巡るやりとりを見なきゃいいのに、そういうのを見ちゃう人だから、私。バカだよね。

 見てしまうと、やっぱり、うーん、ってなる。

 

 それから、これは別に怒っていないけど、「察して」という表現がありましたよね。この文学賞にふさわしい作品を察して選ぶ、それ、私、出来るかなぁ?(その前にちゃんと本を読むっていう高ーい山があるけどw) 出来る気がしないな。

 

 やっぱり、そこは、素直でいたいな。素直な気持ちで選んだ本が今回騒動になったのは、やはり悲しかったから。(票は入れてません。考えた上でだけど、それも、ずるかったように今は思う)

 

 審査員みたいな視点が必要なのかな。

 だとしたら、私は審査員にはなれない。

 

 ファンのままがいい。普通のちょっとした本好きで充分だな。

 

 読書のあてとして楽しむのは、あり。だけど、気を使う位なら、票は入れない。

 

 あと、2年。このスタンスで付き合います。